裸婦の目触れろ、白蝮踏め

安酒と薬にどっぷり漬かってラリりながら書いてるオナニー文章です

1周忌

ぼくは去年の夏、ODであと10分搬送が遅かったら、あと数錠薬が多かったら、というレベルの生死をさ迷いました。
8月26日、2学期が始まって間もない日。隣の校舎の共用トイレの個室で起きた出来事でした。
倒れて体重のかかった腕は鬱血して紫色に腫れ上がり、もともと爆弾を抱えていた右足首の靭帯が倒れた拍子に再び切れていました。
致命的な低血圧で呼び掛けに応答することもなく、右足の付け根を切開して1本、そして喉に直接、太い管が挿入されました。

それでもようやく目が覚めたのは、9月になった急性期病棟でした。


ぼくは、こんな経験をしていてなお自殺が悪いことだと一概には言えません。
年間80万人が自ら死を選ぶこの地球で、どのラインが限界か、どこまで生命活動に耐えられるかというのもアイデンティティのひとつだと思うのです。

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これが、ぼくがカメラテストで読んだ文章です。
自殺を実行し、失敗した。生き残った自分にしか体験できなかったことを詰め込もうとして、焦点の当てかたをミスってただの日記と化してしまいました。

当時のリアルな光景ももちろん時間があれば伝えたかったのだけれど、ぼくが言いたかったのはそういうことではないのです。
審査員の方々は「あれ?この子結局なにが言いたいんだ?」と気づいてくださったかもしれませんが。


ぼくはなるほど、8月に自殺を試みました。
足の付け根に消えない傷が残り、喉の挿管で内部を傷つけ、一生歌えない体になりました。(高い声が出せない)
ですが、その時どんな状態だったかとかどんな治療を受けたかなんて誰も興味ないと思うのです。

興味があるとすれば、「自殺に走った動機」「死に術にODを選んだ理由」「今でも死にたい気持ちはあるか」とか、そういうことでしょう。

このブログ記事を審査員の皆様が読んでくださるかどうかは分からないけれど、文章を作って1分に削る前の文章で弁明させてください。
それを見て、本当にぼくが伝えたかったことをわかってほしいです。審査に影響しなくても構いません。1分という枠に自分を納められなかったばかりに自分の人格や経験を誤解されたくないのです。


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ぼくは去年の夏、ODであと10分搬送が遅かったら、あと数錠薬が多かったら、というレベルの生死をさ迷いました。
8月26日、2学期が始まって間もない日。隣の校舎の共用トイレの個室で起きた出来事でした。
ぼくを見つけて通報したのは、皮肉にも授業が始まっても教室に戻ってこないぼくを探した先生でも、担任でも学級委員でもなく、偶然トイレを使用したひとりの中等科教師でした。
授業に一人生徒が欠けていたところで、ましてぼくがいなかったところで、誰も気には止めてくれませんでした。誰も、気づいてくれませんでした。
持ち上がり2年目のぼくの新しいクラス。
ぼくは下級生相手に素直に積極的な交流ができるほど人間できていないし、彼らも彼らで突然転がり込んできた上級生を歓迎する生徒などいるはずもない。
遅刻を繰り返す素行不良とまで思われていたぼくは1、2年生の頃と同じ、毎日ひとりぼっちで生きていました。
体育でペアを組むときもひとり。毎日の昼食も、仲のよかった先輩が卒業してしまってからはひとり。放課後もひとり。調理実習や校外学習、学校行事でまでひとり。唯一生き甲斐を感じるときが、テストの席次返却のときでした。
それで思うような結果が出せていないと、その場で機嫌を損ねて受け取ったばかりのその半ピラのコピー用紙をゴミ箱に投げ込み、教室を去ることもありました。

いつからだろうか。「人に勝つこと」に執着するようになってしまったのは。何か人に勝ることがあったとして、それがぼくが人間的に優れていることにはならないのに。
夏休みが終わって、実力考査があって、勝ってたとしても負けてたとしてももうその結果を見るのも嫌で、もう勉強で勝ち負けの闘争に乗りたくなくて、でもそれ以外戦えるものなんてなにも持ってなくて。
その日、本当に精神が限界に達していたのでしょう。
実はぼくはその日薬を持って家を出た記憶も、その薬を学校に持ち込み一気飲みした記憶も、後で見返したスマホに残っていた大量の錠剤の写真を撮った記憶も、救急搬送された記憶も、手当てを受けた記憶もないのです。
だから、ぼくが自殺に走った動機は「ありません」。
人間、本当に精神が死んでしまうと無意識でぶっ飛んだことをやらかすんだなと心底思い返します。

ぼくは、こんな経験をしていてなお自殺が悪いことだと一概には言えません。
いま、年間80万もの人間が自ら死を選ぶといいます。
これは、戦争や殺人で亡くなる人間の数より圧倒的に多い数字です。ぼくのように失敗してしまった人も入れると、それこそ途方もない数になるでしょう。
そしてその数は未だ増加傾向にあります。

人生における不運や不条理に対して、どのラインが限界か、どこまで生命活動に耐えられるかというのもアイデンティティのひとつだと思うのです。

例えば安楽死
ここ何年、何十年と是非が叫ばれるテーマですが、ぼくはこれには反対です。「送り手の精神問題」があるからです。
この場合の「送り手」は、安楽死を遂行する医師やスタッフ、費用を負担したり、死を見届ける家族や周囲のすべての人間を指すと考えてもらって構いません。
とくに最後の一手を下した医師やスタッフは、よほどゴツい神経をしていない限り何人もの安楽死に連れ添ううち精神は病んでいってしまうでしょう。
しかし、それを解決する手段はもう安楽死しかありません。自らを苦しめてきた安楽死に最後を看取られることほど悔しいことはないでしょう。
それが何代にも渡って永久に解決されず続くのだから、医師のなり手が少なくなることは想像に難くありません。

安楽死が認められない以上、この世を放棄したい人間に残された道は自殺しかないのです。
ただ、死体を片付ける人間の精神の気遣いも忘れてはいけません。とくに夏、腐敗した亡骸を移送するのは自ら人を殺すまでではないにしてもつらいものがあると思います。
だからぼくは自殺の方法にODを選びました。それも、「劇薬」と呼ばれる薬が大量に手に入る立場でなければ実行していません。単なる抗鬱や睡眠薬で死ぬのが難しいと知っていたので、薬品名は伏せますがその薬がある程度溜まるまで毎日薬を我慢して200錠近くかき集めました。半年近くかかりました。
今思えば、半年薬を飲まずに生活してなんとかやれていたのだから、薬をちゃんと服用していればもっとうまく生きられたはず。どうしてそうしなかったのか。そうすれば、なにも死のうと思うこともなかったかもしれないのに。と思います。

けれど、仮に薬を毎日ちゃんと飲めていたとしても、その日が来たら死のうと思ったと思います。もし人生が毎日充実していたとしても。なんとなくですが、幸せなら幸せなまま、不幸ならそれ以上不幸になる前に死にたいのです。


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2019.8.26がぼくの寿命だったのでしょう。
だから今死にたいかと言われたら……分かりません。

無敵の天才神童は中二で朽果てた

素数を見つけた人。
電気を光に変えた人。
文字を思い付いた人。
生物の体が、細胞の分裂によってできたと気づいた人。
ある論学の矛盾点を指摘した人。
患部を切り開いて疾患を取り除けば解決すると考えた人。
なにがどの薬になるか、試してみた人。
予想だにしない着想の絵画を納めた人。
武器を作った人。
お金を作った人。
コンピューターを作った人。
スポーツで人間離れした記録を残した人。


「神童」


ぼくは小学生の頃から、周囲から浮いた存在だった。
わかってるさ、みんなぼくの才能に嫉妬していた。
勉強なんてしなくてもテストは毎回花丸満点、50m走は7秒台前半。頭の回転が早くてリーダーシップもあるから、児童会の役員をやってた。読書が趣味で博識多才、料理をさせたら同学年のなかじゃとてもとても右に出るものはいなかった。
顔もそれなりにかわいいし、肌も白くてほっそりしてる。よく食べるし、よく笑う。
周囲の母親たちからはこう呼ばれていた。
「神童」と。

「天才」ではなく「神童」_____。

そう、今思えば全部「中途半端」だったんだ。
神様にすべてをバランスよく、偏差値60ずつくらい与えられた最強無敵少女、それがぼくだった。

ぼくはその才能にかまけて、努力をしなくなっていく。ソフトボールをやめ、ダンスをやめ、キックボクシングをやめた。

そして中学に入って、何だか自分の存在に「違和感」を感じるようになる。
受験期に差し掛かるまでは定期テストで満点を目指せばいい話だったが、ここからは違う。見ず知らずの、授業もしていない人間が勝手にレベルを推測して作ったテストで満点を目指さなければならないのだ。
範囲が広すぎて一夜漬け(それどころか登校の10分で詰め込む)ことも、山を張ることもできない。

そこからだった。

努力組に幾度となく涙を呑まされるようになったのは。

小学校6年間で染み付いたのは、
「ギリギリでもなんとかなる」
「努力して取る満点より、努力はせず努力したときの期待値を残して取る80点のほうが価値がある」
というひねくれた価値観だった。
努力をしないためならどんな狡いことだってしたし、カンニングしやすくするためにわざとテストの日に遅刻して別室で受験したこともあった。


そして、ぼくは公立高校を落ちた。

私立の大学付属高校で、ゴミ担任からの人格否定を受けて鬱になった。
おまけでADHDという病名もついた。



幼少期あまりに不出来なことがなさすぎたためこの歳まで気づかなかった。
皆さんの周りにも、「神童」はいませんか?
ぼくが知っている神童の方々は、ほぼ全員同じ道を辿っています。どうか、軽々しく餌をあたえないでください。

カメラテスト、3分半かけてしゃべりたかった本命の文章

お久しぶりです。
平吉要です。
ミスiD2021のカメラテストがついに明日に控えていますが、参加者の皆様準備はできていますか?
ぼくはミスiD2020でも、こうして皆様の前でお話ししていました。去年3分あったはずの自己PR時間が1分に削られていて、本当に無理になった人も多いと思います。でも1分に減ったからこそあなたが出せた魅力、3分だと見られなかったあなたの表情がきっと伝わったと思います。悲観しないで、条件はみんなおなじなので!

さて、去年のカメラテストをご覧になってくださった方々はご存じかと思いますが、ぼくは発達障害ADHDと言語理解の高IQを併せ持つ2Eという種類のギフテッドです。

突然ですが、皆さんは「山月記」をご存じでしょうか。
有名な作品なので一度はお目にかかったことがある方も多いと思います。才能高く生まれた人物・李徵は、詩の世界では活躍することができず、悩みに明け暮れた末闇のなかへ飛び込んだきり戻らず。
翌年、監察御史の袁惨が嶺南に向かって出発しようという頃、一匹の虎が襲いかかってくる。その虎が発狂して行方知れずになった李徵が生まれかわった姿で、今では人間としての意識よりも虎としての意識を持つ時間の方が長くなっていると語る。そもそも自分が虎に成り変わってしまったのは、己の臆病な自尊心と尊大な羞恥心のあらわれ、そしてそれにかまけて自分の能力を磨かなかった怠惰な根性のためだという。

ぼくはこの山月記を高校の授業ではじめて読んだとき、なぜこんな自分への戒めのような超大作にこれまで出会えなかったのだろうと心から自分の運を悔いました。ぼくも幼い頃からあらゆる面で努力をしなくとも人よりも優れた能力を発揮することができ、その「努力せずとも才能でなんとかなっている」という部分に誇りを持っていました。また、人より劣っていたくない、低い地位で満足したくないという驕りの心も大きかったと思います。
なぜ、ぼくは虎になれないのか。
虎になるための臆病な自尊心と尊大な羞恥心さえも足りていないのか。高校生活と不登校生活の中で自分が全くもって天才などではないと齢16にしてようやく気づき、それでももう染み付いた堕落根性は塗り替えられない。すっかり、完璧主義を名乗るくせに努力もせず実力は中の上でマウントを取る扱いづらい厄介女になってしまった。そして歌声も文章力も体力もこの一年ですべて地に墜ちてしまい、あとには実現不可能な完璧主義とだらしない怠惰だけが残りました。

さて、容姿の魅力はあと何年後かには衰えてしまう。
ギリギリ見れる容姿であるからこの堕落が許されているのであって、入れ物の魅力が落ちてしまえばあとは中身勝負だ。その中身をぼくはあいにく持ち合わせていない。自分自身で捨ててしまった。

ぼくが姿を変えるとすればさしずめ鯰といったところだろうか。
獲物を見つけると腹がはち切れんばかりに、口から尻尾を飛び出せながら貪りつく。しかし水槽の暗いところにこもってたまに暴れるくらいしか出てこない。
興味のあること、好きなことはいくつも並行して熱中してしまう。しかし熱が冷めたらそれまでが夢だったかのように興味を失せ、暗い土管に引きこもり、たまに気に入らないことがあっては暴れる。
親の脛をかじるニートと変わらない。

親の脛をかじるどころか、ぼくは入院までしたいというのだから本当に親不孝ものだ。精神科に入院することを「個性」と勘違いしていた。その証拠に、治療が終わって退院したはずなのに病状は入院時より悪化している。精神を病んでいても受け入れてくれるミスiDに味をしめてしまったのだろう、すっかり精神科入院歴という恥じるべき経歴を武器にしようとしていた。

どうか、精神科を忘れさせてほしい。

「高校生で精神科に2年入院して、1年留年したメンヘラ」というマイナーなネガティブキャンペーンでぼくを見るのではなくて、ルックス、所作、ポージング、礼儀作法、学力、特技、趣味、性格。そういう純粋なもので見てほしい。

こんな不純な動機を認めてくれるのはきっとミスiDだけだと思いました。

精神科通いでも、留年してても、手帳持ちでも評価してあげるよという場所はたくさんあっても、仮に精神科通いじゃなくても、留年してなくても、手帳持ちじゃなくても、それでも生きている女の子だというだけで評価してくれるのはミスiDだけだと思っています。

ぼくを精神医療の呪縛から解放してください。そして、せめて虎にならせてください。よろしくお願いします。

ミスiD2021

おかげさまで、ミスiD2021書類審査合格・カメラテスト進出を果たすことができました。

このオーディションが、現・赤星かなめの平吉要名義での最後の活動になります。
平吉要という名前には実はなんの思い入れも意味もなくて、ただレイヤーを上がって、「昇華」「華旗こむ」の名前を使っていたコスプレイヤーアーカイブのアカウントを削除するにあたって、ポートレートの被写体は続けていたいなと思って新しくTwitterアカウントを作成するときになんとなく思い付いた単語の羅列でしかありません。
それでもコスプレイヤーから被写体モデルに身を引いてからの約3年、今年の春までの期間ずっとぼくの「二つ名」としてぼくの活動に寄り添ってくれました。

3年、とても長いようで短い期間でした。
途中何度も名前に飽きて変えようとして、実際一時期変えていたこともありました。
しかし、またなんの思い入れもない「平吉要」に戻ってきてしまうのは、ぼく自身に流れている血が既に平吉要だったからだと思います。

コスプレイヤーをやめて以来、無償モデル、フリーの有償モデル、ブログの執筆者、ミスiD2020ファイナリスト、撮影会モデル、そして現在の無償モデルと変遷を重ねてきましたが、その過程で出会った人は基本的にぼくを赤星ではなく平吉と呼びます。

ぼくも今赤星かなめとして活動していますが、平吉と呼ばれる方が心地よい自分もいます。

ですが、自分の中で成長の証を先払いして、自分の中での割り切りとしてぼくは赤星を名乗ることに決めました。
実際には改名後にも入院してしまっていて全く成長できてはいないのですが、ぼくが病棟に執着する原因であった問題をひとつ片付けました。もうこれ以降入院することはないと思います。(→壁の中の恋)

今後、ミスiD2021関連のイベントや審査、それ以降ミスiDを由来としたお仕事はすべて平吉要として出席します。
ですが、それ以外のお仕事やミスiD2021が完全に終了したあとの活動は、基本的に赤星かなめ名義での出席になります。

今まで平吉要に格別のご愛顧を賜りありがとうございました。
今後、ミスiD2021が終了するまでのもうしばらく平吉要を、それ以外の場面では赤星かなめをよろしくお願いいたします。

通信制高校生の大学進学、ぼくの展望

ぼくの頭はもう生物学的に私大文系に行くようにしかできてないから、偏差値60ちょいの私大心理を目指して対策始めれば今からでも8割受かる自信があるのだが、留年と通信制化で評定平均値が0だから奨学金がでなくて大学通えないし、一般に国公立と私大では学費倍違うって聞いてるから今まで入院費、治療費、教育費に馬鹿ほどお金かけてもらってるぼくにこれ以上親に苦労かけさせて負担させたくない。
しかし、ネットで調べても通信制高校生が受けられる奨学金は「今」「その高校に通い続けるために」貸してくれるっていうものばっかりで、定期テストも受けてなくて評定ない通信生が大学に進学するっていう想定で貸し付けてくれるものがそもそもひとつもない。経済的、身体的な事情で通信に通ってる奴はもう大学なんて来るなと言われている気分だ。(実際たぶんそういうこと)
大学みたいな高等教育機関はある程度の未来が約束された若者でなければ行く価値ないだろうし、その資格を推し量るために高校時代の成績とかそれこそ親の収入とかどっちかが必ず必要だということもわかる。でもぼくみたいに自頭がとてもよくて親も進学には協力的なのに行かせてもらえないのは納得いかない。
ぼくは絶対に高卒では働かない。親とぼくが互いに納得いく大学に通るまで何浪でもしてやるし、限界が来たらニートとして親が死んだらぼくも死ぬ。

言語理解ギフテッドとして生まれて、それに加えて小さい頃から本や活字に囲まれた環境で育って、政治や哲学、歴史のヲタクを通ってきた。精神医療を受け、社会的強者と社会的弱者どちらも経験してきて、自己嫌悪とナルシズム両方持っている。高いプライドと共感性の高い優しさを兼ね備えていて、こんな人間が心理に向いていないなら本当に誰も向いていないと思う。
「精神的に弱っている」という前提のある病院や学校のカウンセラーには言うべきこと、言ってはいけないことのマニュアルがまだはっきりしていて、それを感覚的に分かっているカウンセラー側が圧倒的に有利に話を進められるけれど、「精神的に弱っている人もいれば崇高な自意識を持っている人もいる」という刑務所や少年院では会話の主導権を握り続けるのは難しい。けれどそれができなければ、受刑者たちを救うことはできない。犯罪者というレッテルを本人の意識から剥がすことはできない。ぼくはそういう人たちを救いたいのだ。

なる前から思える、
法務技官はぼくの天職だ。


だからぼくは大学にいきたい。
大学を出て、公務員資格を取って法務技官になりたい。
こんなところで、自分は悪くないのに、勝手に蹴落とされてたまるか。

「自殺」は尊い行為か、馬鹿な行為か

元来、自殺や心中は愚かな行為とされている。
例えば「あなた」が一人いるとして、再び「あなた」が生まれる確率は7兆分の1、しかもこれは生まれた時点で同じ遺伝子をもって生まれる確率ということで、考え方や趣味嗜好、病歴などは育った環境や経験によって左右される。つまり理論上、「あなた」が死んだとき「あなた」の代わりになる人はほぼ100%存在しないということになる。それくらい極まれな確率でこの世に生を受けた人間が、自らの意思でこの世を去るということがどれだけ罪深いことかー……という話である。
しかし反面、自ら死を選んで実行するという能力はある種の高い知能のあらわれともいえる。現に、自殺する動物は地球上で人間だけだという。イワシやバッタの一種、レミングが自殺を図ると考えられていた時期もあったが、集団的かつ偶発的な事故であることが昨今の研究で判明した。

ここでは、人間の自殺の動機、過程に絞ってお話ししていこうと思う。
タイトルテーマの私の結論を先に述べておくと、ひとつの意味において自殺は愚かだと考える。その一つの意味とは、「病識のある自殺」である。
とはいえ、ほとんどの場合で自殺には病識が伴う。また、病識の有無問わず病の伴わない自殺は存在しない。そもそも「自殺」が病気というべきだろうか。
つまりは、「死にたい」と望んだ時点で病気なのだ。それが精神的疾患から来るものなのか肉体的疾患から来るものなのかは人によるが、自分が「今死にたいと考えている」と冷静に考え付いた時点で病識ありと考えられる。そして、そのまま実行に移してしまうとそれは愚かな自殺といえる。
逆に尊い自殺は、自分が「今死にたいと考えている」と冷静に考え至る隙もなく半ば流動的に死んでしまう。それが尊いと考える理由は、単純に自然死に近いからである。
私は死因に誰の手が加わるかは思慮しない主義だ。そこに至るまでの道のりは大いに考えるが、結果死ぬときに誰の手によって殺されたかは本人の死にそこまで関係ないと考えている。何せ、死にたいと思っていた人が誰か他者に殺められてしまったら、本人の望みは達成できているのにそれを否定してしまうことになる。それはあまりに残酷だ。
しかしながら、私は自ら命を絶つこと自体には実は反対なのだ。だからこの場合の死は自殺、それも愚かな自殺だと捉えている。反対に死にたさはあってもまだそれが自分の望みだと気づいていない者の自殺は、自殺の手段に手を染めていてもそれが自らの望みが産み出した自分の行動だという意識がないため、運命のなかで流動的に死んでいったといえるだろう。

ヒトに限らず、命が生まれるというのが尊ければ死ぬことも尊い。そうやって地球は惑星としての均衡を保っているし、1種の生命が増えすぎると生態系のバランスは一気に崩れてしまう。
だから、ある程度の過程で命の数が削り取られるのはごく自然なことで、それが自然死や尊い自殺としてあらわれる。ただ、本来残るはずの命が自分の意思でそれを絶ってしまうとまた生態系的に具合が悪い。

私は思うのだが、人間を含んだ生態系のピラミッドはそういう愚かな自殺を行う個体の数を考慮して成立しているのではないか?
人間は年間80万人が自ら死を選ぶ特異な生物だ。そして自殺者は年々増え続けているという。それでも世界人口は約77億人、こちらも増加の一途をたどっている。しかし、勢いとしては鈍化しているそうだ。
歴史的にも定期的に新生物によって感染→死 をもってヒトが一部淘汰されるのも神道的ななにかを感じるが、そういう愚か者も最期に地球に大きく恩返しをして帰ってゆくのかもしれない。

転移、告白、罪と罰

カウンセリング,精神分析療法の過程で,患者が治療者に感情転移を起こすことがある.
 転移には,治療者に対して信頼,尊敬,情愛,感謝などの感情を示す陽性転移と,敵意,攻撃性,猜疑心,不信感などの感情を示す陰性転移の二種類がある.-日本医師会


前回の「壁の中の恋」の続きみたいな。

当病院は1階が男性専用病棟、
2階が両性混合病棟、
3階が女性専用病棟と、3棟に分かれています。
しかし、5月から新型コロナウイルスの影響で1階の男性病棟を休棟扱いにし、当然のことながら1階にもといた男性は2階病棟に移ることになりました。
病床数の減少に反して入院者数は増加しており、2階は男性の割合が増加して女性は優先的に3階に回されるようになったのですが、それでも2階病棟の入院待ち患者は7,8床を保ち続けています。

ぼくは7/1-7/4に2階に入院しています。
幻視、幻聴が目立つようになり外来からそのまま入院病棟に移されました。
しかしこの時点でもうすでに2階病棟の入院待ち患者は10床近くあり、なんとかスケジュールを切り詰めて3泊だけベッドを用意してもらったのです。

これまでの2年間で入院してきたときはずっと2階で、人生で始めて入院するぼくを親身になって目にかけてくださり、何度戻ってきても笑って迎えてくれる2階病棟の看護師さんたちが大好きでした。

無論、最初の入院からとりわけ好きだったのが前回のお話で書いた川端さんで、彼はほかの患者さんより特別にぼく一人を助けてくれるというわけではありませんでしたが、不器用ながらまっすぐに、一生懸命患者さんみんなに尽くしてくれるところが大好きで、笑った顔が、柔らかく少し色の抜けた襟足が誰よりも可愛い、本当に魅力的な男性でした。
看護師のなかでいちばん若いのでぼくと年齢が近く、似た挫折を過去に味わっているために話もよく合うと、入院してきてずっと一歩も外に出ず、窓の鍵すら開けなかったぼくが1年以上経ってようやく看護師さんに同伴をお願いして少しずつ外出できるようになるきっかけになりました。

幻視、幻聴、妄想の病識がまだなかったぼくはその4日間「どこも悪くないのに入れられた」と思っており、当然約束の4日がたてばもう入院などしなくて十分健康だと考えていました。
なので、退院後たった10日足らずで再び入院することになるとは汁ほども想定せず、「この機会を逃せばもう一生川端さんに会うことはない」と思って思いきって告白しました。
もちろん自分のものになる、個人的な関係になれるとは一切思っていません。ただ、自分のものにならない人をずっと諦められず好きでいることを思えば、はっきり「本人の言葉でフラれた」という事実さえ残ればそれで満足でした。
先述の「陽性転移」そのものです。
川端さんは最後の最後まで本当に優しくて、ぼくを傷つけないように言葉を選びながらゆっくり、はっきり、過不足なくぼくの告白を断ってくれました。
「嫌いになりたい」という願いは叶えてくれませんでした。それも含めて、医療従事者として至極真剣に正解のアクションを踏んでくれました。

3泊目の準夜帯(夜勤)で想いを伝えて、もう会わない、外来で会っても知らなかったことにする、と決め、4日目の昼すっきりした気持ちで帰ることができました。


そこからわずか9日後。

ぼくは再び入院することになりました。
減薬・薬の変更に体を慣れさせ、社会的に全うな生活習慣を取り戻すための2週間の入院です。
しかし、大きく違う点。
それは、病室が3階に設定されてしまったことでした。
理由は先ほども書いたように、2階の女性枠が取れないこと。
そしてもうひとつの理由は、ぼくが川端さんに告白した「トラブル」でした。

3階の患者は全員女性です。
ぼくがこれまで2階に入院していたとき仲良くしてくれていたおばあちゃんたちは、足が悪い人が多いので2階に残されたままで、ぼくは患者のなかで完全に孤立してしまうことになりました。

それだけでも抵抗があるのに、3階の看護師さんはみんな知らない人ばかりで。
初めてこの病院にきたときから毎回お世話をしてくれて助けてくれていたはずの面々は、一切顔を合わせることもできなくなりました。
ぼくはご飯が食べられなくなり、薬を詰所にもらいにいくことも、看護師さんに悩みを話すことも、外に出かけることも、ものを借りにいくこともできなくなりました。
ロビーに出ることは一切なくなり、カーテンの内側に引きこもるようになって、検温や配薬に来た看護師さんを無視するようになりました。
そしてついにストレスが限界を突破し、昨日の夜は吐き気が止まらなくなったにもかかわらずトイレにも行けず、病室内のベッドの上で嘔吐してしまいました。
それでもナースコールは鳴らさず、消音にした野球中継を観もせずにイヤホンで爆音にした音楽を聞き流し、消灯までの3時間半をベッドの上で過呼吸と痙攣を起こしながら歯軋りして耐えていました。
それくらい、3階の看護師さんに頼るのが嫌でした。
この症状も陰性転移からきたものといえるでしょう。


もう少し幻視・幻聴・妄想の病識が早くて「また戻ってくるかもしれない」と分かっていたら告白なんてしなかった。

そもそも成功の余地があるならまだしも、何故フラれる為だけに告白なんてしてしまったのだろう。

これから先また戻ってくるかもしれないと分かっている患者からの告白を、当たり障りのないように断らなければならなかった川端さんの気持ちを、申し送りやカルテでその恥ずかしい会話をみんなの前で明かさなければいけなかった気恥ずかしさを、どうして「好きだ」といっているぼくがいちばんに蔑ろにしてしまっていたのだろう。

何故後先考えず自己満足のためだけにあんなことを言ってしまったのだろう。

何を根拠に「自分はもう大丈夫」と思ったのだろう。

仕事で接していただけの患者に覚えのない好意を向けられることの不気味さ、気色の悪さを、なぜ自覚できなかったのだろう。



会いたい。




激しい自責と良心の呵責で、涙が止まらなくなってしまった。
この感情をぶつけられる相手も、ぼくの周りにはもういない。
甲斐甲斐しく積極的にラウンドで様子を見に来て、ぼくが辛そうにしていることを見抜いて薬を出してくれるあの人を、ぼくは自分で望んで切ってしまったのだ。

陰性転移が陽性転移の罰としてあらわれる。因果応報としか言えないその心の痛み。
たった400人と少ししかフォロワーのいない、それもぼくに1mgの興味もない人々の前で囁けること。
「限界」
以外、思い浮かばなかった。