裸婦の目触れろ、白蝮踏め

安酒と薬にどっぷり漬かってラリりながら書いてるオナニー文章です

通信制高校生の大学進学、ぼくの展望

ぼくの頭はもう生物学的に私大文系に行くようにしかできてないから、偏差値60ちょいの私大心理を目指して対策始めれば今からでも8割受かる自信があるのだが、留年と通信制化で評定平均値が0だから奨学金がでなくて大学通えないし、一般に国公立と私大では学費倍違うって聞いてるから今まで入院費、治療費、教育費に馬鹿ほどお金かけてもらってるぼくにこれ以上親に苦労かけさせて負担させたくない。
しかし、ネットで調べても通信制高校生が受けられる奨学金は「今」「その高校に通い続けるために」貸してくれるっていうものばっかりで、定期テストも受けてなくて評定ない通信生が大学に進学するっていう想定で貸し付けてくれるものがそもそもひとつもない。経済的、身体的な事情で通信に通ってる奴はもう大学なんて来るなと言われている気分だ。(実際たぶんそういうこと)
大学みたいな高等教育機関はある程度の未来が約束された若者でなければ行く価値ないだろうし、その資格を推し量るために高校時代の成績とかそれこそ親の収入とかどっちかが必ず必要だということもわかる。でもぼくみたいに自頭がとてもよくて親も進学には協力的なのに行かせてもらえないのは納得いかない。
ぼくは絶対に高卒では働かない。親とぼくが互いに納得いく大学に通るまで何浪でもしてやるし、限界が来たらニートとして親が死んだらぼくも死ぬ。

言語理解ギフテッドとして生まれて、それに加えて小さい頃から本や活字に囲まれた環境で育って、政治や哲学、歴史のヲタクを通ってきた。精神医療を受け、社会的強者と社会的弱者どちらも経験してきて、自己嫌悪とナルシズム両方持っている。高いプライドと共感性の高い優しさを兼ね備えていて、こんな人間が心理に向いていないなら本当に誰も向いていないと思う。
「精神的に弱っている」という前提のある病院や学校のカウンセラーには言うべきこと、言ってはいけないことのマニュアルがまだはっきりしていて、それを感覚的に分かっているカウンセラー側が圧倒的に有利に話を進められるけれど、「精神的に弱っている人もいれば崇高な自意識を持っている人もいる」という刑務所や少年院では会話の主導権を握り続けるのは難しい。けれどそれができなければ、受刑者たちを救うことはできない。犯罪者というレッテルを本人の意識から剥がすことはできない。ぼくはそういう人たちを救いたいのだ。

なる前から思える、
法務技官はぼくの天職だ。


だからぼくは大学にいきたい。
大学を出て、公務員資格を取って法務技官になりたい。
こんなところで、自分は悪くないのに、勝手に蹴落とされてたまるか。

「自殺」は尊い行為か、馬鹿な行為か

元来、自殺や心中は愚かな行為とされている。
例えば「あなた」が一人いるとして、再び「あなた」が生まれる確率は7兆分の1、しかもこれは生まれた時点で同じ遺伝子をもって生まれる確率ということで、考え方や趣味嗜好、病歴などは育った環境や経験によって左右される。つまり理論上、「あなた」が死んだとき「あなた」の代わりになる人はほぼ100%存在しないということになる。それくらい極まれな確率でこの世に生を受けた人間が、自らの意思でこの世を去るということがどれだけ罪深いことかー……という話である。
しかし反面、自ら死を選んで実行するという能力はある種の高い知能のあらわれともいえる。現に、自殺する動物は地球上で人間だけだという。イワシやバッタの一種、レミングが自殺を図ると考えられていた時期もあったが、集団的かつ偶発的な事故であることが昨今の研究で判明した。

ここでは、人間の自殺の動機、過程に絞ってお話ししていこうと思う。
タイトルテーマの私の結論を先に述べておくと、ひとつの意味において自殺は愚かだと考える。その一つの意味とは、「病識のある自殺」である。
とはいえ、ほとんどの場合で自殺には病識が伴う。また、病識の有無問わず病の伴わない自殺は存在しない。そもそも「自殺」が病気というべきだろうか。
つまりは、「死にたい」と望んだ時点で病気なのだ。それが精神的疾患から来るものなのか肉体的疾患から来るものなのかは人によるが、自分が「今死にたいと考えている」と冷静に考え付いた時点で病識ありと考えられる。そして、そのまま実行に移してしまうとそれは愚かな自殺といえる。
逆に尊い自殺は、自分が「今死にたいと考えている」と冷静に考え至る隙もなく半ば流動的に死んでしまう。それが尊いと考える理由は、単純に自然死に近いからである。
私は死因に誰の手が加わるかは思慮しない主義だ。そこに至るまでの道のりは大いに考えるが、結果死ぬときに誰の手によって殺されたかは本人の死にそこまで関係ないと考えている。何せ、死にたいと思っていた人が誰か他者に殺められてしまったら、本人の望みは達成できているのにそれを否定してしまうことになる。それはあまりに残酷だ。
しかしながら、私は自ら命を絶つこと自体には実は反対なのだ。だからこの場合の死は自殺、それも愚かな自殺だと捉えている。反対に死にたさはあってもまだそれが自分の望みだと気づいていない者の自殺は、自殺の手段に手を染めていてもそれが自らの望みが産み出した自分の行動だという意識がないため、運命のなかで流動的に死んでいったといえるだろう。

ヒトに限らず、命が生まれるというのが尊ければ死ぬことも尊い。そうやって地球は惑星としての均衡を保っているし、1種の生命が増えすぎると生態系のバランスは一気に崩れてしまう。
だから、ある程度の過程で命の数が削り取られるのはごく自然なことで、それが自然死や尊い自殺としてあらわれる。ただ、本来残るはずの命が自分の意思でそれを絶ってしまうとまた生態系的に具合が悪い。

私は思うのだが、人間を含んだ生態系のピラミッドはそういう愚かな自殺を行う個体の数を考慮して成立しているのではないか?
人間は年間80万人が自ら死を選ぶ特異な生物だ。そして自殺者は年々増え続けているという。それでも世界人口は約77億人、こちらも増加の一途をたどっている。しかし、勢いとしては鈍化しているそうだ。
歴史的にも定期的に新生物によって感染→死 をもってヒトが一部淘汰されるのも神道的ななにかを感じるが、そういう愚か者も最期に地球に大きく恩返しをして帰ってゆくのかもしれない。

転移、告白、罪と罰

カウンセリング,精神分析療法の過程で,患者が治療者に感情転移を起こすことがある.
 転移には,治療者に対して信頼,尊敬,情愛,感謝などの感情を示す陽性転移と,敵意,攻撃性,猜疑心,不信感などの感情を示す陰性転移の二種類がある.-日本医師会


前回の「壁の中の恋」の続きみたいな。

当病院は1階が男性専用病棟、
2階が両性混合病棟、
3階が女性専用病棟と、3棟に分かれています。
しかし、5月から新型コロナウイルスの影響で1階の男性病棟を休棟扱いにし、当然のことながら1階にもといた男性は2階病棟に移ることになりました。
病床数の減少に反して入院者数は増加しており、2階は男性の割合が増加して女性は優先的に3階に回されるようになったのですが、それでも2階病棟の入院待ち患者は7,8床を保ち続けています。

ぼくは7/1-7/4に2階に入院しています。
幻視、幻聴が目立つようになり外来からそのまま入院病棟に移されました。
しかしこの時点でもうすでに2階病棟の入院待ち患者は10床近くあり、なんとかスケジュールを切り詰めて3泊だけベッドを用意してもらったのです。

これまでの2年間で入院してきたときはずっと2階で、人生で始めて入院するぼくを親身になって目にかけてくださり、何度戻ってきても笑って迎えてくれる2階病棟の看護師さんたちが大好きでした。

無論、最初の入院からとりわけ好きだったのが前回のお話で書いた川端さんで、彼はほかの患者さんより特別にぼく一人を助けてくれるというわけではありませんでしたが、不器用ながらまっすぐに、一生懸命患者さんみんなに尽くしてくれるところが大好きで、笑った顔が、柔らかく少し色の抜けた襟足が誰よりも可愛い、本当に魅力的な男性でした。
看護師のなかでいちばん若いのでぼくと年齢が近く、似た挫折を過去に味わっているために話もよく合うと、入院してきてずっと一歩も外に出ず、窓の鍵すら開けなかったぼくが1年以上経ってようやく看護師さんに同伴をお願いして少しずつ外出できるようになるきっかけになりました。

幻視、幻聴、妄想の病識がまだなかったぼくはその4日間「どこも悪くないのに入れられた」と思っており、当然約束の4日がたてばもう入院などしなくて十分健康だと考えていました。
なので、退院後たった10日足らずで再び入院することになるとは汁ほども想定せず、「この機会を逃せばもう一生川端さんに会うことはない」と思って思いきって告白しました。
もちろん自分のものになる、個人的な関係になれるとは一切思っていません。ただ、自分のものにならない人をずっと諦められず好きでいることを思えば、はっきり「本人の言葉でフラれた」という事実さえ残ればそれで満足でした。
先述の「陽性転移」そのものです。
川端さんは最後の最後まで本当に優しくて、ぼくを傷つけないように言葉を選びながらゆっくり、はっきり、過不足なくぼくの告白を断ってくれました。
「嫌いになりたい」という願いは叶えてくれませんでした。それも含めて、医療従事者として至極真剣に正解のアクションを踏んでくれました。

3泊目の準夜帯(夜勤)で想いを伝えて、もう会わない、外来で会っても知らなかったことにする、と決め、4日目の昼すっきりした気持ちで帰ることができました。


そこからわずか9日後。

ぼくは再び入院することになりました。
減薬・薬の変更に体を慣れさせ、社会的に全うな生活習慣を取り戻すための2週間の入院です。
しかし、大きく違う点。
それは、病室が3階に設定されてしまったことでした。
理由は先ほども書いたように、2階の女性枠が取れないこと。
そしてもうひとつの理由は、ぼくが川端さんに告白した「トラブル」でした。

3階の患者は全員女性です。
ぼくがこれまで2階に入院していたとき仲良くしてくれていたおばあちゃんたちは、足が悪い人が多いので2階に残されたままで、ぼくは患者のなかで完全に孤立してしまうことになりました。

それだけでも抵抗があるのに、3階の看護師さんはみんな知らない人ばかりで。
初めてこの病院にきたときから毎回お世話をしてくれて助けてくれていたはずの面々は、一切顔を合わせることもできなくなりました。
ぼくはご飯が食べられなくなり、薬を詰所にもらいにいくことも、看護師さんに悩みを話すことも、外に出かけることも、ものを借りにいくこともできなくなりました。
ロビーに出ることは一切なくなり、カーテンの内側に引きこもるようになって、検温や配薬に来た看護師さんを無視するようになりました。
そしてついにストレスが限界を突破し、昨日の夜は吐き気が止まらなくなったにもかかわらずトイレにも行けず、病室内のベッドの上で嘔吐してしまいました。
それでもナースコールは鳴らさず、消音にした野球中継を観もせずにイヤホンで爆音にした音楽を聞き流し、消灯までの3時間半をベッドの上で過呼吸と痙攣を起こしながら歯軋りして耐えていました。
それくらい、3階の看護師さんに頼るのが嫌でした。
この症状も陰性転移からきたものといえるでしょう。


もう少し幻視・幻聴・妄想の病識が早くて「また戻ってくるかもしれない」と分かっていたら告白なんてしなかった。

そもそも成功の余地があるならまだしも、何故フラれる為だけに告白なんてしてしまったのだろう。

これから先また戻ってくるかもしれないと分かっている患者からの告白を、当たり障りのないように断らなければならなかった川端さんの気持ちを、申し送りやカルテでその恥ずかしい会話をみんなの前で明かさなければいけなかった気恥ずかしさを、どうして「好きだ」といっているぼくがいちばんに蔑ろにしてしまっていたのだろう。

何故後先考えず自己満足のためだけにあんなことを言ってしまったのだろう。

何を根拠に「自分はもう大丈夫」と思ったのだろう。

仕事で接していただけの患者に覚えのない好意を向けられることの不気味さ、気色の悪さを、なぜ自覚できなかったのだろう。



会いたい。




激しい自責と良心の呵責で、涙が止まらなくなってしまった。
この感情をぶつけられる相手も、ぼくの周りにはもういない。
甲斐甲斐しく積極的にラウンドで様子を見に来て、ぼくが辛そうにしていることを見抜いて薬を出してくれるあの人を、ぼくは自分で望んで切ってしまったのだ。

陰性転移が陽性転移の罰としてあらわれる。因果応報としか言えないその心の痛み。
たった400人と少ししかフォロワーのいない、それもぼくに1mgの興味もない人々の前で囁けること。
「限界」
以外、思い浮かばなかった。

耽美的無限ループ

「はっ、はっ……あぅ……っ」

ぬかるんだ坂道を、木々を縫いながら駆け降りていく。
何度も滑って尻餅をついては再び立ち直り、追っても来ない何かから逃げて無心で走り、走った。
手のひらは赤黒く染まり、同じ血液が彼の白いシャツをも汚していた。
痛みはない。当然だ、彼の血ではないのだから。

つい7分前、山中の宿泊施設でひとりの女性が殺された。遺体はまだ見つかっていない。このまま夜が明けるまで、人の目に触れることはないだろう。
彼女、いや……まだ少女と呼べるその女性は、白い腹の肌に穴を空け、そこから溢れた血で床は鮮やかに染まっていた。
幾度となく振り乱した長い黒髪はざんばらに乱れていて、当たりを外した刃物によって所々雑に切り落とされている。

「……ぁ、」

ようやく険しい山の斜面を通り抜け、軽自動車がギリギリ通れるだけ整備された山道に降り立つことができた。
段差から飛び降りる ザッ、という足音が、遠く、遠くまで貫通した。

だれもいない。
なにもない。

そう思って一段大きな深呼吸をしようと息を吸い込んだところで、空中にそれを吐き戻すことができなくなった。
肺胞ではとっくに吸い込んだ空気の酸素が取り込まれ、着々と二酸化炭素を精製しては、それを吐き出して新しい酸素がやって来るのを待っている。

しかし、呼吸を続けることができないのだ。
それを制する「声」があり。



「誰?」

つい今手にかけた少女よりも若い、それこそ年端もいかない幼女の声だ。

「……」

一筋吹き込んだ風が、彼の鳥肌をさらに逆撫でした。
無邪気な幼女の声、人を刺して逃げたすぐあとに聞く音として最も、といって良いほど不気味で恐怖を掻き立てる。
発狂しそうだ。いや、彼はとうに狂ってしまっていたのだろう。唇を震わせながらも、声を出すことができたのだ。

「……迷子、かな?」

「ちがうの」

「……近くに大人が、いるのかな」

「いないよ」


幼女の素直な口調に、少し安心した。
信用してよさそうだ。
大人がいるのなら、本当に詰み手になってしまう。

「……こんなところに、こんな遅くまでいたら危ないよ。はやくお帰り」

「誰“の”なの?」

幼女は確かにそう言った。
「誰」ではなく「誰の」と。
身体中のこの血が、彼のものではないと知っている。
しかし、振り返ることができない。声のようすからみるに、振り返ってつかみかかれば簡単に殺せてしまうだろう。しかし、体のすべての細胞がそれを拒否するかのように結束し、彼を拘束した。

「僕の、血だよ。上で車に跳ねられてね、そのまま逃げられてしまったんで、下りて警察に行こうとしたんだ」

「なぜ殺したの」

「殺した?」

「背の高い女の子」

「見てたのか」

「見えるはずないわ」

「じゃあどうして……」

「綺麗だった?」

「……え」

「綺麗だった?彼女の血は、肉は、骨は」
「美しいと思った?絶望した眼は、あなたにしか聞こえない喘ぎは、その刃物を通す度に鳴る喉は」

「…………ああ」
「とても」

「そう」
「人が死ぬ瞬間は、命がぐちゃぐちゃに潰される瞬間は、往々にして美しいものよ」

「さっき、それを身をもって味わったよ。
僕がそんな不道徳な人間とはいままで一瞬も自覚したことがなかった。
人間の血肉が、ひんむかれた目付きが、どす黒い血で染まった歯が、あんなに芸術的だとは思わなかった。人に手をかけなければ一生気づかなかった趣味だよ。
ところで君は、いったい何者なんだ」

「この辺りに住んでる」

「……そうか」

それ以上聞いてはいけない気がなんとなくして、彼はもう一度深く息をついた。
そして、妙な幼女を一度目に焼き付けておきたいと、勇気をふり絞って振り返ってみた。

「……ああ、そうか」

そこには、ただ山道にしなだれかかった檜の群れと若くして散った不運な木葉が散らばっているだけで、人どころか猫一匹いた形跡がなかった。

それを目にした彼はすべてを理解し、膝から崩れ落ち気絶した。



.




「…………生」
「……んせい」
「先生!」

「……うん……?」

「駅、次ですよ!こっから14km歩きですよね……うわあ、ぞっとするなぁ……練習、ちゃんとできる余裕あるかな……」

人に肩を揺らされ目を覚ますと、長い布袋を小脇に抱えた髪の長い少女がつり革に捕まって正面に立っていた。
列車の揺れが心地よく、眠ってしまっていたようだ。

「ああ、水分はしっかりとっておけよ」

「わぁー、すごい山!見てください先生、川の水すごい綺麗です!えー、なんでみなみや遥たちも呼んでくれなかったんですか!こんなの絶対喜ぶのにー!」

「あくまで主将のお前の個人練習だからだよ。遊んでいる暇はないぞ、期待してるからな」

ふふん、と少女は布袋を半分剥いて薙刀の先をいらった。


.


これで142回目の、7月26日が始まる。
何度繰り返しても少女を殺めてしまうのは、これがある種の彼の自慰行為だからだ。
常識や道徳からはずれた耽美にふけり、少女の肉体を物理的に欲しがってしまう彼の狂った性的快楽は、彼が満足するまで永遠にループする。

その一周に区切りをつけ振り出しに戻す者は、形あるものでも幻でもなく“欲求”という“概念”であり、彼は何度7月26日を繰り返しても視界に捉えることはできない。



列車が終点の駅に着く。

彼は薙刀と鞄を背負い、少女を追って扉を出た。
一歩外へ出るなり丸っこい暑さと湿気がやさしく、かつ暴力的に彼らを包み込んだ。しんしんと熊蝉の声が頭を埋め尽くす。
さりげなく、鞄のポケットの柳刃包丁の峰を撫でた。

少女が軽く腰を折り、無人の改札から出た先でこちらを覗き込む。

「せんせ?」

「……なんでもない」

真夏の正午、二つの影が並んで山道を歩き出した。

今後の被写体活動について

新しく割のいいアルバイトを見つけて収入が安定し、撮影モデルの報酬に頼らなくても実家暮らしならそれなりに生活が送れるようになったこと、
そして引きこもりが加速し本格的に金銭面以外での生活に支障を来すようになってきたことから、
個人間での被写体活動を『相互無償化』することにしました。

ただし、大学受験に際して11月の末で一旦被写体活動を休止しようと考えていますので、
あくまでそれまでの期間のお話になります。
大学に入ったらまた有償に戻すかもしれませんのでお早めのご予約をお願いします。

無償での撮影を承る条件として、

・撮影データは全て受け渡し(目安は5日間以内)
・下着、ヌード、一部コスプレなど露出の多いカットは厳禁(水着は要相談)
・モデルにお手を触れないようお願いいたします
・作品を知らない二次元キャラクターのコスプレは不可(ご相談はお受けしますがお勉強してから、ウィッグや衣装はカメラマン様のご用意で撮影になります)
・スタジオなど各種施設利用料や交通費(近鉄大阪線某駅)はカメラマン様負担
・12:00-21:00のうち数時間、19:00を挟む場合は夕食代(アフター可)をご負担頂きます
・(※任意で)謝礼くださる場合、1時間あたり3000円までお言葉に甘えて徴収させていただきます

という形をとらせていただきます。
※ぼくから依頼させていただく場合はその限りではありません

現在持病で入院しているため撮影のご依頼受けるのは退院後の8月からになります。

もうしばらくの間、赤星かなめをよろしくお願いいたします。

騎乗位精巣搾り取りセックス

少し呆れたような、幸薄そうな顔が人を虜にする。
声変わりしたての男子高校生のようなどこか幼さの残る声で紡ぐ言葉。
何度目の人生で手にできる天性の才能。

小山田壮平に生まれたかった。

高田馬場だとか西荻窪だとかいつどこで下半身を露出した男性がからだをねちっこくさわってくるかも知れない、変態的な知性を携えた街の古びた2Kのアパートで、学生らしく特別な意味もなくただ人恋しさを哲学で誤魔化して何億の精子を刺し殺す、そんな人生を1度くらいは味わってみたいものだ。
そんな夏の午後7時に食べるコンビニのスーパーカップは、もはや熱いか冷たいかもわからなくなっていて。
無為に増えていく新書と語彙力も、役に立つのは腐れ縁の友人が部屋に来たときくらいのもので、恋人もつくらず、将来のビジョンを見定めようともせず、フラフラと虚ろな眼で、マイルドセブン・ライトに線香花火で火をつけて。

それが許されるのは人生のほんの一瞬のはず。だけれども小山田壮平なら、生まれた瞬間から今この一瞬までそれで許されてしまうのだ。

小山田壮平イエス・キリストなのだろうか。
あるいは無から世界の全てを築いた「父」なのだろうか。

小山田壮平に生まれたかった。
気まぐれに愛を、
気まぐれに孤独を、
気まぐれに気まぐれを唄いたかった。

それとあと、焼き鮭定食が食べたい。
病院の朝食はパンばかりで嫌だ。
鮭の単価が高いのはわかるけれども、
魚の中で最もポピュラーで食べやすい鮭がなぜここまで忌み嫌われるかのように給食に出ないのか。
その秘密を探るため、我々はジャングルの奥地へ旅に出た。

酩酊レスバトル

お久しぶりです。
めたぼこに長いですお付き合いください。

近頃はようやくコロナウイルスの支配が解け、各地でイベントやスポーツアクティビティが再開されるようになりました。
コロナウイルスの脅威から完全に逃れられたわけではありませんが、ひとまず元の日常が戻ってきたという点においては一安心といったところでしょうか。


さて、皆さんは「喧嘩」をしたことがありますか?
それも、拳でやり合う肉体的な喧嘩ではなく、一方的な陰口で対立するでもなく、真っ向から議論するいわゆる「口喧嘩」というものを。
馬鹿にするな、と思われるかもしれません。ですが、最近になってぼくはふと、ぼくは今までの人生で「口喧嘩」をしたことがないな、と思う出来事が重なりました。

まずは、無断引用で恐縮ですがこちらの記事を読んでください。
https://jp.quora.com/IQ-ga-20-chigau-to-kaiwa-ga-seiritsu-shinai-to-iu-no-ha-jijitsu-nanode-shou-ka-keiken-ha-arima-suka
「IQが30違うと会話が成立しない」という説は、皆様も聞いたことがあると思います。
ぼくはこの記事でいうと著者の方と同じ「高IQ」側の人間です。ぼくの言語理解指標のIQから30をひくと、ちょうど100前後になります。一般的なIQを持つ人間の知能です。

ここからが最近の経験です。
ぼくはお付き合いを始めて半年ほどの彼氏がいるのですが、その彼氏の家に体調不良で行けなくなってしまったことがありました。


ここで、ぼくと彼氏のステータスを確認していこうと思います。

彼氏はぼくの9個上で27歳、ホストクラブの元締めのような立ち位置で、裏方のお仕事をしているようです。みんなでワイワイしている輪の中に入っていくのもとくに苦ではないようですが、ひとりでゲームをしたり少人数で飲んだりする時間の方を優先します。

ぼくはご存知言語理解の高IQと発達障害ADHDを併せ持つギフテッド2Eの18歳。少々物事を素直に捉えられないひねた性格が災いし、子供の頃からひとりぼっちが多い子でした。そのためか周囲に来てくれた人間には基本よくなつき、自分にあきれられないよう大人びた対応を覚えてしまいました。

この日、体調が悪いとだけ言うと「来るか来やんかだけはっきりしてくれる?俺そういうのイラつくんやけど」と早速喧嘩腰。

喧嘩はしたくないのですが、いつまでも自分が上で当たり前と思っていることが許せなくなって少し反論しました。
「見下してるんか知らんけど軽々しく貶されるのも不愉快、そんなこと言われた日に会いたいと思わんわ」
「ぼくが年下で気性も弱いから何も言わない言えないと思って馬鹿にしてる節があるよな前から思ってたけど」


「本当に好きな相手だったら相手の意志こそ尊重する」
「それこそ上下関係で言えば自分が下くらいの気持ちで関わる」
↑は絶対に間違っていないと自信をもって言えるぼくの持論です。

と、「来るかどうかも分からんのに眠い中携帯確認してめっちゃしんどい」。


いや、今その話もうしてない……

それでも相手さまがその話題を引きずりたがるので、ぼくも引き返して足並みを合わせてあげます。

「行けない行きたくない行く気が起きないって言いたくないんだよ察してよ、会いたいことには変わりないの、でも行けないって自分で言ったら会いたくないと同義になる気がして」
「来れそうにない?って聞いてくれたら「うん」で済むけど、体調悪いから今日は行けないとまでは言いたくない」

すると、
「寝てるのにそんなん聞けるわけない」
「テレパシーあるなら使ってるわ」

!?!?!?!?!?
離れた位置から自分の言いたいこと伝えられる、LINEや携帯はほとんどテレパシーみたいなものだと思うのですが!?!?!?

それでも自己正当化で逃げ出そうとする彼氏をぼくがまたひっつかんで姿勢を正させて、今度はしっかり目線を合わせてあげます。

「理解できないだろうけどこれ分かる女の子多いと思うんだ、だからこれから同じようなことあったらそうして?既読つけたついでの反射でいいんだよ、めんどくさいだろうけどそうしてくれたら角も立たないしすごく助かる」

なんでこんな幼稚園児に諭すみたいな言い方を一回り近く歳上の人間にしなきゃいけないんだ、と悲しくなりました。

結局ぼくが悪かったということで折れ、その場はいちおう丸く収まりました。

さて、失礼極まりない発言ですが、ぼくの彼氏はたぶんADHDだと少なくともぼくは思っています。
それも、ぼくのように飛び抜けた数値があるわけでもなく、言語理解指標のIQが憶測ですが85~90台/その他が90~110の、あまり発達面で大きな波がないためにタスクを軒並み努力で解決できる、周囲に気づかれにくい発達障害かと。
「マッサージに行きたい」と毎日のように繰り返しつつ先送りにしているところや、「通勤にキックボードが欲しい、てか買った」と衝動的に高い買い物をするところ、そのくせダイニングの鏡の裏なんかに大金を裸で置きっぱなしにしているところ。
スマホを触っているかと思ったら絶対にパズルのゲームをしているし、(常に何かしていないと落ち着かない?)部屋はすぐ汚くなる。
ぼくは彼と付き合いはじめて2ヶ月ほどでADHDを疑い、心療内科ではなく「精神科」の受診をすすめました。

発達障害の職場への報告義務はないから仕事も隠して続けられるし薬飲みながらでも働ける、手帳発行できたら持ってたほうが法的手続きなんかもスムーズだよ、なんなら他人だから予約とってくることはできないけど次の診察のとき知り合いにこういう人がいるって伝えておこうか?と、遠回しに遠回しに利点だけを伝えたのですが、「大丈夫」の一点張りでいやこっちがだいじょばないんだと。

おまけにどの群指数にも天才的な数値がないために努力でカバーせざるを得ず、それで27年も生きてきた人間はやはり鬱や精神疾患を持っていることは、できないことがあるということは甘えだと思い込んでいました。
別の日に「お仕事的にもこれから先そういう事情を抱えた人間相手にする事多いと思うの、もしくは今関わってる人がこの先そうなるかもしれない、そういう人に対して「頑張れ」とか「気の持ちようだよ」って言うの、本人は100%励ましのつもりでも相手はきっと余計に辛くなるから、別な言葉を選んであげてね」
「特別優しく接する必要はないんだよ、ただ大人だしできないことはできないって相手も言うと思うから、そのときはそういう問題を抱えた人なんだって思い出してあげて」
と諭してなんとか理解はしてもらえたようですが、めんどくさい精神論根性論がこの人の根にあるということに変わりはありません。

まあ、とにもかくにも事態こそ円満に解決したものの、思想や言論の食い違いはものすごく目立つ会話で、本当に分かってくれてるのか……?と心配になるくらい最後まで話は噛み合いませんでした。
トークの返しに困ってLINEで友人にスクショを送って相談したのですが、やはり傍目から見ても「話噛み合ってなくね?」という感想が真っ先に返ってきました。
ぼくと彼(その友人)とが会話していても時折話が脱線して噛み合わずぼくが正しいレールに導くというケースはありましたが、ここまで話題そのものが一致しない会話相手はなかなかいません。

ただ、ぼくの育ちの過程でも全くもって同じ方向を向いて同じ目的に向かって最短距離で会話できる人間の少ないこと。

これはぼくが完全に悪いのですが、会話の中に出現するわかりづらい専門用語なんかを噛み砕いて説明しているうち、その用語の説明そのものが目的になってしまってなんの話していたか分からなくなる、なんてこともしばしばあります。(言語を扱うのは凄く上手なのにワーキングメモリが少な過ぎて会話の話題を覚えたまま付属の説明を行うことができない)

このように、各々のIQの差が大きいと(とくに片方の言語理解IQだけが異常に高いと)全く話の通じないバケモンが生まれます。
そんな相手と喧嘩をしたところで、有益な時間になるはずがないのです。打ち負かされてその相手を嫌いになるか、丸く優しく抑え込まれて納得させられるか。あるいは、意味不明な単語の羅列を食らって訳のわからないまま終わり、閉廷!となるか。

ぼくはどうか分かりませんが言語理解がギフテッド級に高い人間は、嘘や詭弁がめちゃくちゃ上手にできています。顔色ひとつ変えず、もしくは場面に最も合った表情を作り出して、あたかも正論を述べるかのように嘘をつきます。誰が相手でも臆することなく騙してしまいます。
その技術がうまく生かされたのが街頭の包丁やミキサーの実演販売、セールス、音声チャットレディをはじめとした接客業全般といえるでしょうが、彼らの仕事ぶりはほとんどが経験で培われた基盤ありきのものなので、一発目で「さあ、やってみろ」と言われて見よう見まねでもそれなりにやれてしまうギフテッド組は、努力値組には物凄く嫌われています。

だから喧嘩を売りたくもなるのかもしれませんが、喧嘩はきちんと相手を選んでやらないと、後悔することになるかもしれませんよ。