裸婦の目触れろ、白蝮踏め

安酒と薬にどっぷり漬かってラリりながら書いてるオナニー文章です

残留思念

去年の5月(厳密にはもっと前)から原因不明の腎臓疾患と精神疾患によって苦しめられ、秋から高校を休学していたわけですが、その間の学校の対応がまあひどかったわけですよ。
どう酷かったかはTwitterやキャスでお話ししてきたんですが、きょうその担任と親が面談をしてきました。
(一方その頃、この手紙を預けて欠席した私は病院で注射をされていました)

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肉筆で書く労力も惜しいのでWordで打ち込み、20円で印刷し、サインだけ直筆で書きました。
内容も要所要所でちょいちょいケンカ打ち出してるのがわかると思います。

要約すると、「今いるコースはクラス全員留学が義務付けられている。しかし病気でドクターストップがかかり留学ができなくなったので、留学をしないコースに移りたい」というあくまで真っ当なお願いになります。

そして私は、それが叶わなければ退学する。という答をもって、この日に臨みました。


現時点での選択肢は4つ。

・復学を機に国際から文理に移る
・元いた国際に残る(留学単位の代わりに、期間中に国内でできる課題を提出することで単位が認められる)
・退学、転校
・スクーリングはせずに同高校が定める映像授業を受け、それに基づく課題と考査で単位が認められる特例措置



そして、今日の面談。
結論から言うと、一つ目の選択肢「国際から文理に移ること」は、カリキュラムの進行上不可能と言われました。

正直こうなることは大方予想できていて、もう今の学校を離れる覚悟ができていた私は、ここまで聞いて案外すんなり現実を受け入れることができました。
今の学校をやめて予備校や通信制高校に移り、高認と大学受験を見据えた勉強をする。そのつもりでした。

もっとも、ただ退学の報告がしたいだけなら、Twitterで退学願の写真をあげて「人生終了wwww」とでもツイートすればそれなりのふぁぼ稼ぎにはなるでしょう。
こうしてわざわざ長文のブログを書いたのは、その決意が揺らいでしまったから。

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まず、話し合いの場として通されたのが職員室。
せめて会議室を開けろ。なめくさりやがって。
話し合いに応じたのは担任、そして学年主任。
前述の手紙を二人に読ませると、なぜか二人して半笑いになりはじめる始末。
話をしても、「文理には移れません、でも退学は考え直してください」と煮え切らない態度。
答えのでない面談に、ここまでの期間の酷い対応。

ついに父がブチ切れて、声を荒らげて私の気持ちを代弁してくれたらしい。

学校に戻らせる気はあるのか、と。
これまでの態度を散々見せられてきて、とてもそうは見えない。そんな学校に戻らせられない。
娘が5ヶ月も入院しながらも必死で出した答えに対して、なんの結論も持ち帰れないのはあまりに報われない、と。

もちろんこれでどうにもならないものがどうにかなるはずもなく、単なる押し問答に終わってしまいました。
これまでおくびにも出さなかった学校側の本音を聞いて、両親ともに丸め込まれてしまったのです。


この学校に無理にでも引き留めるのは、自分の持つ学力を最大限に活かした上で将来の道を見つけてほしいから。
通信制高校に移ることも、在宅で単位をとることも可能性の一つではあるし、私にとってはきっと簡単だろう。
でも、それができるレベルの学力があるのをずっと見てきたからこそ、多少無理をしてでも学校に通い続けて高い水準の授業を受けてほしい。
それが最善の選択であり、学校が私にしてやれることの最大値だと。
さっき手紙を読んで笑ってしまったのも、文章の圧力と完成度に思わず感心してしまったからであって、その能力を決して無駄にしてはならないとさらに強く思ったということ。

これまでの対応については申し訳ないと思っている。けれどわざと邪険に扱っていたわけではないし、何よりクラスに出席番号も席も残っていると。
クラスが好き、勉強が得意。
そんな私の“個性”を、受け入れてくれる受け皿はずっと変わらずこのクラスにある、と。


そんなこんなで今、「お前のためだ。国際に残ってくれ」と親から頭を下げられています。
逃げ場はありません。時間もありません。病気は治りません。これだけの時間と労力と父の威厳を使って、あとは私が答えを出すだけです。


私はいったいどうしたらいいのでしょうか。
どうせ板挟みになるなら男に取り合いされたかった。(またふざける)
処女の苦悩、、たすけてください。