裸婦の目触れろ、白蝮踏め

安酒と薬にどっぷり漬かってラリりながら書いてるオナニー文章です

ただいま、閉鎖病棟

覚めなくてもいい目が覚めた。

起きて、もしかしたらいつも通りサンリオのキャラクターに囲まれた自室で、薬も酒も前回見た量から減ってなくて、はぁ、全部夢だったのか。人騒がせな夢だったなぁなんてぼんやりしながら二度寝して。
すっかり暗くなってから目覚めて、母辺りに「今何時?」なんてさらりと聞いちゃったりして……なんて。


泣き腫らした瞼を何度こじ開けてもそこは見知った天井。もう二度と見たくなかった天井。
白いシーツ、薄緑のカーテン



戻ってきてしまった。
陸の孤島に……閉鎖病棟に。


鎮静剤を打たれた肩が、まだ鈍痛を持っている。
昨日は散々な1日だった。もとより調子が芳しくなく、最近落ち込みぎみだった。

それが昨日の昼にカウンセリングで話しているうちに大爆発してしまい、プレイルームで壁にものをぶん投げたり診察室で大泣きしたり、もはやはっきり覚えていない。

明確なきっかけはなかった気がする。
退院してから親は優しくなったし、食事は出てくるようになったし、拠り所になる人もいた。

だからこれから頑張れる、頑張らなければいけないんだと息巻いていた矢先だった。

表面で少しの幸福と未来への微かな希望を見いだし始めていた反面、心の奥底では常に甘く黒くどろりとした絶望の類がしあわせな香りを漂わせながら渦巻いていた。

誰しも持つその悪いモノに、人間たるもの少しのきっかけで堕ちていくものだ。

一度そこに落ち込み、もがいてもがいてようやく片足突っ込んでる程度にまで脱出した私は、今度こそはとその誘惑から目を背け続け、首が痛くなるほど顔を上げ、光を真っ向から受け続け、カメラに向かって笑い、なにも考えないように。なにも見ないように。そうやって生きていた。


限界だった。



「どうせ自分なんてなにも持ってないんだ!なにも持ってない、持ってなくていいから普通になりたかった!普通に生きたかったよ!!
なんだよこれ、なんの罰だよ!なにか私悪いことした!?
寝ても覚めても死にたいばっか、もう嫌なんだよ疲れたんだよ!楽にしてくれ、殺してくれよ!!!
返せよ人生!!!ふざけんな!こんな人生で泣かずにいられっか!!!!!返せ!返せよ!!」

そういって診察室で泣き叫び過呼吸を起こし、鎮静剤の注射を拒否して暴れては取り押さえられ、落ち着いたのが午後5時。病院に来てすでに3時間以上が経っていた。

落ち着いたあとにも意思は変わらず、
主治医と心理士の『死んでほしくない』の言葉には「そういうお仕事じゃないですか。」と返して『そういう冷めた目で見ないで』と悲しまれ、
『親御さん頑張ってくれてるよ?』には「親のために生きろって言うんですか。親は自分達のエゴで頼んでもいない私をこの世に産み落としただけです。ましてくれたのは細胞のふたつだけ、ここまで生きたのは私自身の力です。だから私の体、私の人生です。誰のものでもありません」と返して沈黙された。

生きる気力なんて、ゼロを振り切っていた。
どんな慰めも戒めも効くはずがなかった。

外界と病棟を切り離す、重い鉄扉。
背後で閉まるその扉の音が、「おかえりなさい」といっているように聞こえた。




医療保護入院という形態で入院することになった今回は、(一応)任意だった前回に比べ処遇の厳格さが格段に上がった。
医療保護入院とは、医師が患者に対して入院が必要と判断した場合に本人に病識がない、自己判断能力を欠くなど、自ら入院に同意ができないケースに、保護者等の同意のみで入院させることができる制度。
医師が“これ以上の入院加療が不必要”と判断しなければ、患者や保護者の申し出があっても退院ができない。

まず病棟に落ち着いて真っ先にされたのが着用していたパーカーの紐、腰のベルトの除去。
それらは病院の詰所預かりとなり、その他の荷物はロッカーに押し込まれ施錠された。
手元に残ったのはコップと水のみ。
テレビのコードとベッド柵は結束バンドでガチガチに固定されたが、前回の入院でコードの結束をほどくことに成功した前科があるため、恐らくテレビ自体没収されるだろうと告げられた。
前回同様解放処遇は制限され、外出は禁止になった。

翌日母が着替えや荷物を届けてくれた。
当然、中身はすべてチェックされ大部分はロッカーに入れられ管理された。
ロッカーの鍵は詰所にあり、パジャマに着替える時すら逐一詰所に報告し借りに行かなければならない。
着替えと洗面用具は詰所預かりになり、風呂の時にだけ病院がわから出してもらうシステムだ。その風呂も常に見張りがついており、石鹸類やタオルなんかもそこで渡され、使用後は回収されて病院で洗濯される。

看護師・患者ともに見知った面子が揃っているのは救いになると思いきや、「あーやっぱダメだったんだ、こいつ」という空気を圧し殺して優しくされているのが憔悴しきった心にさらに負荷をかけてくることに気づいた。
そりゃそうだ。私も前回の入院で何人か出戻りした患者を見たが、なにかを察したような心持ちで目をそらしていた。
純粋に久しぶりの再会を喜んでくれる患者もいたが、私はまったく嬉しくなかった。

覚えてくれているなよこんな面。
忘れてくれていいんだよ。
声なんかかけてこないでよ。
ここをどこだと思ってるの?
また会えちゃダメなんだよ。
ダメだったからまた会えちゃうんだよ。
久しぶり、じゃないんだよ。
頑張れなかったからここに来たんだよ……

食事も水も喉を通らず、一日中ベッドで泣くか過呼吸を起こしていた。
頓服も効かなかった。また一日を無駄にした。
あまりに飲まず食わずなのを心配して、夕食に付加されていた飲むヨーグルトを看護師が部屋に持ってきてくれたが、飲む気になれずトイレに流して捨てた。

今からまたここでしばらくの間、死んだように生きる。
生きたくもない人生を、死ねない場所で、死なないように見張られて、自由を奪われて生きる。
それだけで涙が出てきてしまった。視界が滲んで文字が打てない。なのでおしまいにします。さよなら。