裸婦の目触れろ、白蝮踏め

安酒と薬にどっぷり漬かってラリりながら書いてるオナニー文章です

40%のアドレセンス

打ち上げ花火の最後の一発が、寂しげな余韻を残して柔らかく響いた。
割れんばかりの拍手と引き返す人々の雑踏。再び賑わい始めるりんご飴屋の夜店。

「凛?」

突如背後から声がして、肩に手が触れた。
驚いて振り返った拍子に、ペットボトルのサイダーが揺れた。


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花火なんか見たのは久しぶりだった。

小学生の頃、地元のショボい花火大会にいったときは、指の間の酷い靴擦れの痛みに花火どころではなかった。
また、ちょうど小学生の感性では、いい気になって花火なんて見たところで、もはやなんの魅力も感じ取れないのだ。
浴衣は暑いし、足は痛いし、籤引きの景品は邪魔だし、早く帰ってポケモンのパールをやりこみたかった。

あれから5年。
私は少し大人になって、花火大会のチラシにふと足を止めるくらいには余裕ができた。
ゲームもすっかりやらなくなって、友達も彼氏もいなくなっていた。


「お母さん、10日の花火ってうちから見える?」

「そんなの見えないわよ。屋上でも開けてもらえたら別でしょうけど、うちのマンションからじゃせいぜい盆踊りの日に上がる花火くらいしか......」

「そ、わかった」

「あんた、もしかしてわざわざ見に行く気?
花火は飽きたって毎年言ってたじゃない。何?誰かと一緒に行くの?」

「んー、行こうか迷ってる。一人だよ。誰も誘わないつもり」

「寂しい女ねぇ。それならお金は渡すから、出店で晩御飯食べてきてちょうだいね。お母さん夜仕事だから、お父さんにも外で食べてきてもらうわ」

「わかった」


一人で浴衣を着込んで、電車で都心から離れた大きな川の堤防までやってきた。
早く着きすぎたつもりだったけれど、既にそこには場所取りのシートが隙間なく敷き詰められており、あぶれた人達がそのすぐ後ろで列をなして待っている。

「あ、たこやき」

適当に目に留まった夜店で腹ごしらえをして、自販機でサイダーを買った。本当は麦茶が飲みたかったのだけれど、既に売り切れで買えなかった。

一人は気楽でいい。

最悪花火が見られなくても、こうして祭りの空気を味わえるだけで十二分に価値があるというものだ。
むしろ他人に振り回されて気を使って回る祭りこそ時間の無駄だ。
夏はそんなに長くない。祭りは一夜で終わってしまう。そんな貴重な時間を、他人に割くだなんて馬鹿馬鹿しい。
神社の石段でフランクフルトを頬張っていると、遠くから余興の舞台を任せられたゲストの若手芸人がコントを見せている声がした。私には一言たりとも琴線に触れなかったが、会場は盛り上がっているようだ。

ゴミ箱にトレイを捨てたちょうどその時、花火の打ち上げ10分前を知らせるアナウンスが流れた。


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「......え」

「俺やん、俺。分かんない?中3とき付き合っとった川代雄大

「ああ、雄大じゃん!なに、丸坊主やめたの?変わりすぎてて分かんなかったよ」

無造作風にセットされた赤っぽい茶髪、片耳のピアス、極端な薄着にいかついネックレス。
準硬式野球部でショートを守っていたかつての真面目なちびっちゃいくそ坊主の面影はもはやどこにもなかった。焼けた肌と鼻につく関西弁を除いては。

私は彼と中学3年の6月から11月まで付き合っていたけれど、受験を理由に自然消滅した。
手も繋げないまま終わったその5か月間は、上書きを繰り返す自分の記憶の中でもはや無き物と化していたので、彼の強気な口調に懐かしさこそ覚えたものの、いまひとつ感動は得られなかった。

「浴衣、ええやん。やっぱ凛は白やな。
やー、花火きれかったけど人混みすごくてやってられんわ。連れともはぐれてもたと思ったら何や女と抜けるとか言いよるし、一人残されて暇やねん。凛は誰か友達と来たん?」

「や、一人。なんとなく花火見てみたくなってさ。やっぱ夏って花火見なきゃじゃん?」

「はぁ!?凛が!?俺がどんだけ盆踊りの日の花火誘っても絶対首縦に振らんかったあの凛が!?一人で!?
......いやー、人は変わるなぁ」

「や、あんたに言われたくないから。なにそのピアス?なにその髪型?なにも言われないわけ?全然似合わない」

「んー、反動、的な?」

「反動?よくわかんないけど、それじゃ試合出させてくんなくない?前ちらっと聞いたけどさ、拓翔高校甲子園まであと2勝とかだったらしいじゃん。来年まで頑張ろう的な時期じゃないの?こんなところでなにして......」

「............俺な、野球やめてん。どのみち怪我もしとったし、もう限界かなって。
向いてへんねん。俺。野球ってか、団体競技無理やわ。......チームワークとか、できやんねん」

「......野球で高校行ったのに野球やめるって、大丈夫なの?1年のうちは試合も出られないの当たり前だし、もう少し我慢してみてよかったんじゃ......」

「もうええねん。もうちょっとだけ、もうちょっとだけって耐えて耐えて、軟式と準硬入れたらもう10年野球やってる。それで分かった、あいつらと俺は、ちゃう。根本的に......

......それに、俺は成績もまあまあよかったから学校には残留できる。そら元メンも先輩もおるから肩身は狭いけど、何とかやってる。未練はないわ」

「でも、あんなに......」

「せや、どうせお互いひとりやったらさ、なんか食べながら駅まで歩こや。エエもん持っとるから分けたる、な?久しぶりにデートごっこもええやろ?」


“あんなに、野球好きだったくせに。”

そう言おうとしているのが分かっていて、明らかに聞いてほしくなさそうなタイミングで遮った。
顔を上げると、雄大は少し困ったような、寂しそうな顔で笑っていた。
なんだか悪いことをしてしまったようだ。
少し気まずくなって、数秒の沈黙が流れる。駅の方面へ流れていく人々の姿が背景となって、異様にゆっくりに見えた。

「......いいよ。奢りね」

温くなったサイダーをゴミ箱に捨て、雄大の肩をポンと叩いた。


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「こっちの方が遠回りやから人少ないねん。歩ける?下駄痛かったら近い方いくけど」

「ううん、大丈夫。多分」

「無理すんなよ。とりあえずそこのコンビニ入ってジュース買お。お菓子も欲しかったら好きなの選んでええで。バイト代入ったとこやから豪勢にどーぞ」

公園前のローソンで、コーラとジンジャーエールを買った。とはいえ、結局ふたりとも他にはなにも買わなかった。
店を出るなり、雄大は一気に3分の1ほどコーラを飲み干した。余程喉が渇いていたのだろう、なんだかおかしくって、少し緊張が解れる。私も真似をして、ジンジャーエールをぐっと傾けた。


「それ、貸してみ」

雄大は私のジンジャーエールをぱっと奪い去って、スキットルから液体を注いだ。

「ほい、飲んでええで」

再び開けたての量を取り戻したジンジャーエールが手元に返ってくる。
そして雄大は、自分のコーラにも同じように液体を注いで、そのまままたぐいっと飲み込んだ。目の前で見ている限り、とりあえず危ないものではなさそうだ。

「......いただきます」

恐る恐る口に含むと、ジンジャーエールの味のあとにそっけない苦味とウッディな薫りが鼻を抜けた。
ウイスキーだ。それも、かなり度数の高いやつ。

「はじめて?」

雄大が優しい目で問いかける。

「いや、......じつは、何度か」

「よかった。そっちちょっとちょうだい」

「あ、ちょ......」

「代わりに、俺の。どーぞ」

ジンジャーエール割りのペットボトルが、返事をするより前に手元から消え、代わりにコーラのペットボトルが出現した。
なんのためらいもなく口をつける雄大に、慌てて私もコーラ割りを口にする。

間接キス、じゃん......

なんて気にしているのは私の方だけで。
同じシャーペンを使うのも恥ずかしがっていたあの頃の雄大はもういないんだ、って思い知らされたようで少し悔しくなったから、もう一口飲んでやった。
味もへったくれもないコーク・ハイ、多分トラウマになって一生飲めないやつだ。

「いこ」

雄大は私の手を取り、先を歩きだした。
ジュースのせいでひんやりした手のひらが、2年前より大きく、やわらかくなっている。
時々酒を飲みながら、人気のない路地を縫うように進んでいく雄大。その半歩後ろを手を引かれながらついていくだけの私。
2年前とはまるで大違いで、なんだか気持ちが悪い。

「手、つなぐんだ」

「......あかん?」

「いいけど、なんかさ雄大、女慣れしちゃったね」

「んなことないって......」

「昔とカッコも全然違うしさ、......同じ飲み物、とか、手繋いできたり、さ......できなかったじゃん、そんなん」

「お前付き合ってるとき真面目すぎるとかドーテーとかってからかいよったやん、どっちやねん」

「それは......けど、“ぽく”ないよ。雄大雄大のままでよかった」

「どつくぞお前」

「いいもん、警察に言うもんね」

「そうなったらお前も未成年飲酒で補導や、ええな?」

「は?ずっる!その為の私かよ!!」

「共犯、共犯」

「サイッテー、雄大はやっぱ雄大だわ」

「ふはっ、せやろ?俺は俺や。最初っから最後まで。ずっと俺や」

「......あははっ、確かに!心なしか髪も短く見えてきたわ!あははははっ!」

「あ?これは気に入っとんねん、勝手に短くせんとってくれませんかねぇぇ?」

「うっせーよ、お前は丸坊主がお似合いだから!やーい、中学の引退試合ファーストへの送球ミスで戦犯なったくせに!」

「なんやとお前、勉強勉強言うて見にも来んかったくせに誰から聞いとんねん!」

「監督が私に会ったときチクってくれましたー!」

「......あんハゲ、絶対ぶち殺したんねん......!おら待て!」

あっちょっ!こぼす!こぼすから!」

追っかけられて、走って逃げて、飲んで、転がって、捕まって、笑って、笑って飲んで。時たまコーラとジンジャーエール交換して、もはやどっちの唾液か分からない飲み口のぬるさに毎度緊張しながら、結局コンビニ前の公園で顔真っ赤にして、ただ砂まみれになって大笑いした。

「あはははっ、やっと昔思い出した!こんなんだったよねー私達!」



「せやんな」



突然、雄大が低い声で呟いた。

「ん......そう、だね」

「俺さ、凛のことまだ好きやねん。
凛とあのときできんかったことしようって、成長してますよアピールしようって、必死やった。
野球やめてからもう凛に誇れるモンなんにもなくって、会いに行く勇気もなくて。キツすぎて。

俺な、留学行くねん。
親が野球やめるんやったら勉強せえってうるさくて。大学も就職も、向こうになると思う。今んとこ。
だから今日たまたま会えたん、奇跡やと思った。マジで。間接キスも手ぇつなぐんも緊張で死にかけやったし、俺ほんまは全然変われてない。カッコだけつけても、結局中3ときのまんまやからさ」

「......や、雄大、冗談きつ......」

「冗談に見えてる?俺。
ほんなら自業自得やな、マジやで、残念ながら」

次の瞬間、雄大は着崩れ切った私の浴衣の袖を引きよせ、きつく抱き締めていた。野球部のときと同じシーブリーズの香りに薄くウイスキーの刺激臭が混じって、大人でも子供でもない微妙な香りに涙が出そうになる。


「......ごめん、私、雄大のこともう全然好きじゃない。今日は楽しかった、......ごめんね」

「知っとるわ、凛のことなら何でもわかっとる。今日俺のこと最初に見たときから脈ないのわかっとった、だから必死やってん......あの頃を取り戻そうって......できるわけないのにな、付き合わせてごめんやで、ありがとうな」

「うん......でもね?あの頃取り戻したかったのは私も同じ。だからやりたいことがあるの。いいかな?」

抱き合った背中をトントン叩くと、雄大は不思議そうな顔で離れる。

私は雄大の頬に触れるだけのキスをし、精一杯大人ぶって笑った。


「よい夏を!」


私は、倒れないよう確実に踵を返し、ふらつかないように目一杯公園の砂を踏み締めて走り去った。
何度も何度も転びそうになりながら、涙でぼやける視界を向かい風でぬぐうように走った。

このまま消えてしまいたかった。