裸婦の目触れろ、白蝮踏め

安酒と薬にどっぷり漬かってラリりながら書いてるオナニー文章です

転移、告白、罪と罰

カウンセリング,精神分析療法の過程で,患者が治療者に感情転移を起こすことがある.
 転移には,治療者に対して信頼,尊敬,情愛,感謝などの感情を示す陽性転移と,敵意,攻撃性,猜疑心,不信感などの感情を示す陰性転移の二種類がある.-日本医師会


前回の「壁の中の恋」の続きみたいな。

当病院は1階が男性専用病棟、
2階が両性混合病棟、
3階が女性専用病棟と、3棟に分かれています。
しかし、5月から新型コロナウイルスの影響で1階の男性病棟を休棟扱いにし、当然のことながら1階にもといた男性は2階病棟に移ることになりました。
病床数の減少に反して入院者数は増加しており、2階は男性の割合が増加して女性は優先的に3階に回されるようになったのですが、それでも2階病棟の入院待ち患者は7,8床を保ち続けています。

ぼくは7/1-7/4に2階に入院しています。
幻視、幻聴が目立つようになり外来からそのまま入院病棟に移されました。
しかしこの時点でもうすでに2階病棟の入院待ち患者は10床近くあり、なんとかスケジュールを切り詰めて3泊だけベッドを用意してもらったのです。

これまでの2年間で入院してきたときはずっと2階で、人生で始めて入院するぼくを親身になって目にかけてくださり、何度戻ってきても笑って迎えてくれる2階病棟の看護師さんたちが大好きでした。

無論、最初の入院からとりわけ好きだったのが前回のお話で書いた川端さんで、彼はほかの患者さんより特別にぼく一人を助けてくれるというわけではありませんでしたが、不器用ながらまっすぐに、一生懸命患者さんみんなに尽くしてくれるところが大好きで、笑った顔が、柔らかく少し色の抜けた襟足が誰よりも可愛い、本当に魅力的な男性でした。
看護師のなかでいちばん若いのでぼくと年齢が近く、似た挫折を過去に味わっているために話もよく合うと、入院してきてずっと一歩も外に出ず、窓の鍵すら開けなかったぼくが1年以上経ってようやく看護師さんに同伴をお願いして少しずつ外出できるようになるきっかけになりました。

幻視、幻聴、妄想の病識がまだなかったぼくはその4日間「どこも悪くないのに入れられた」と思っており、当然約束の4日がたてばもう入院などしなくて十分健康だと考えていました。
なので、退院後たった10日足らずで再び入院することになるとは汁ほども想定せず、「この機会を逃せばもう一生川端さんに会うことはない」と思って思いきって告白しました。
もちろん自分のものになる、個人的な関係になれるとは一切思っていません。ただ、自分のものにならない人をずっと諦められず好きでいることを思えば、はっきり「本人の言葉でフラれた」という事実さえ残ればそれで満足でした。
先述の「陽性転移」そのものです。
川端さんは最後の最後まで本当に優しくて、ぼくを傷つけないように言葉を選びながらゆっくり、はっきり、過不足なくぼくの告白を断ってくれました。
「嫌いになりたい」という願いは叶えてくれませんでした。それも含めて、医療従事者として至極真剣に正解のアクションを踏んでくれました。

3泊目の準夜帯(夜勤)で想いを伝えて、もう会わない、外来で会っても知らなかったことにする、と決め、4日目の昼すっきりした気持ちで帰ることができました。


そこからわずか9日後。

ぼくは再び入院することになりました。
減薬・薬の変更に体を慣れさせ、社会的に全うな生活習慣を取り戻すための2週間の入院です。
しかし、大きく違う点。
それは、病室が3階に設定されてしまったことでした。
理由は先ほども書いたように、2階の女性枠が取れないこと。
そしてもうひとつの理由は、ぼくが川端さんに告白した「トラブル」でした。

3階の患者は全員女性です。
ぼくがこれまで2階に入院していたとき仲良くしてくれていたおばあちゃんたちは、足が悪い人が多いので2階に残されたままで、ぼくは患者のなかで完全に孤立してしまうことになりました。

それだけでも抵抗があるのに、3階の看護師さんはみんな知らない人ばかりで。
初めてこの病院にきたときから毎回お世話をしてくれて助けてくれていたはずの面々は、一切顔を合わせることもできなくなりました。
ぼくはご飯が食べられなくなり、薬を詰所にもらいにいくことも、看護師さんに悩みを話すことも、外に出かけることも、ものを借りにいくこともできなくなりました。
ロビーに出ることは一切なくなり、カーテンの内側に引きこもるようになって、検温や配薬に来た看護師さんを無視するようになりました。
そしてついにストレスが限界を突破し、昨日の夜は吐き気が止まらなくなったにもかかわらずトイレにも行けず、病室内のベッドの上で嘔吐してしまいました。
それでもナースコールは鳴らさず、消音にした野球中継を観もせずにイヤホンで爆音にした音楽を聞き流し、消灯までの3時間半をベッドの上で過呼吸と痙攣を起こしながら歯軋りして耐えていました。
それくらい、3階の看護師さんに頼るのが嫌でした。
この症状も陰性転移からきたものといえるでしょう。


もう少し幻視・幻聴・妄想の病識が早くて「また戻ってくるかもしれない」と分かっていたら告白なんてしなかった。

そもそも成功の余地があるならまだしも、何故フラれる為だけに告白なんてしてしまったのだろう。

これから先また戻ってくるかもしれないと分かっている患者からの告白を、当たり障りのないように断らなければならなかった川端さんの気持ちを、申し送りやカルテでその恥ずかしい会話をみんなの前で明かさなければいけなかった気恥ずかしさを、どうして「好きだ」といっているぼくがいちばんに蔑ろにしてしまっていたのだろう。

何故後先考えず自己満足のためだけにあんなことを言ってしまったのだろう。

何を根拠に「自分はもう大丈夫」と思ったのだろう。

仕事で接していただけの患者に覚えのない好意を向けられることの不気味さ、気色の悪さを、なぜ自覚できなかったのだろう。



会いたい。




激しい自責と良心の呵責で、涙が止まらなくなってしまった。
この感情をぶつけられる相手も、ぼくの周りにはもういない。
甲斐甲斐しく積極的にラウンドで様子を見に来て、ぼくが辛そうにしていることを見抜いて薬を出してくれるあの人を、ぼくは自分で望んで切ってしまったのだ。

陰性転移が陽性転移の罰としてあらわれる。因果応報としか言えないその心の痛み。
たった400人と少ししかフォロワーのいない、それもぼくに1mgの興味もない人々の前で囁けること。
「限界」
以外、思い浮かばなかった。